プログラム参加者・TOMODACHIアラムナイに聞いてみました!:徳永ケリー氏
徳永ケリー氏は2023-2024年度TOMODACHIアラムナイ九州地域の地域代表です。2014年度 TOMODACHI カケハシ イノウエ・スカラーズプログラムと2018年にロサンゼルスで開催されたTOMODACHI大和ハウス学生リーダーシップ会議のアラムナイです。ケリーはハワイで生まれ育った日系5世で、ハワイ大学マノア校で公衆衛生の学位を取得。この経験から、日本や福岡に移住した曾祖父のルーツについてもっと知りたいと思うようになりました。その後、2017年から2018年にかけて、ハワイ島福岡県人会および福岡県国際交流センターを通じて県費留学生奨学金を受け、九州大学で大学院研究を進めました。現在、語学指導等を行う外国青年招致事業に参加し、福岡県教育委員会高等学校課にて県民アドバイザーを務めています。
Q1. TOMODACHIのプログラムをいくつか経験されているようですが、TOMODACHIでの経験を教えてもらえますか?
2014年のTOMODACHIカケハシ・イノウエ・スカラーズ・プログラムと2018年のTOMODACHI大和ハウス学生リーダーシップ会議から私が得た最大の事は、1人の影響力と変化を信じること、そして団結の力です。どちらのプログラムでも、一人の人と一度話すだけで、力が湧いてきたと感じることができました。これはすべてによって、悲劇的な出来事の後であれ、リーダーシップが将来にとって本当に重要であること、変化が必要であると改めて感じました。変化となると、困難なチャレンジではありますが、試す価値があると思いました。コミュニティと一緒に変化を起こすときには、素晴らしい結果が生まれるのです。
それが、これらのプログラムに参加した私の最大の学びになります。
Q2. TOMODACHIのいくつかのプログラムに参加した後、TOMODACHIとの関係を続け、ボランティアや地域代表を務めました。まぜTOMODACHIとつながり続けたいと感じましたか?
パンデミックが始まったとき、私はすでに日本で2019年8月からJETプログラムのために働いていました。自分では対応できないような多くのことに関わろうとする前に、仕事の文化に慣れるための時間を設けていました。しかし、パンデミックが始まったとき、私はかなり絶望的な気分になり、人生の単純な部分に喜びを見出すことが難しく、特定の状況に対してしばしば無力であるような気持ちになりました。私はあまり色々なこととの関わりを持たず、まず自分のことを大切にする必要がありました。
苦難や試練があるときこそ、新しいアイデアが生まれ、改善や向上に向けて常に努力する価値があるのだと私は考えました。
そして、このスランプを脱したとき、他者や地域社会に恩返しができるようになりたいと、自分に言い聞かせました。そのとき、まずはTOMODACHIのイベントがないか調べてみました。当時、TOMODACHIアラムナイを通じてALTのためのイベントが福岡アメリカンセンターで開催されることになり、喜んで参加しました。そのイベントやスタッフとの会話から、TOMODACHIのつながりがわかり、TOMOのイベントを推し進めるようになりました。
その時に、九州地域の元地域リーダーと連絡が取れ、その方が福岡の学校に勤務していたんです。そのイベントを通じて、スタッフの方々と話をしていたところ、このようなアラムナイのつながりやネットワークが見つかったので、一緒にアラムナイイベントをやろうということになったんです。
企画に携われたことは、とても刺激的で、生きている実感がありました。本当に楽しかったです。それ以来、もっと手伝いたいと思うようになり、この地域代表の依頼を受けたとき、嬉しくて応募し、引き受けました。
Q3. 地域代表としての目標を聞かせてください。
対面でのイベントは本当に久しぶりなので、九州地域のアラムナイ同士の交流会を開催したいです。直接会って食事をしたり、ボランティア活動をしてみたいです。また、アラムナイ同士をつなげることができたらいいと思っています。私は、このようなつながりを保つことがいかに重要かを理解しているので、このコミュニティをサポートするために最善を尽くしたいと思っています。
Q4. 個人的な質問になると思うんですが、現在はどんなお仕事をされていますか?
私はJETプログラムに務めています。JETプログラムとは、日本と多くの国の間で行われている教育交流プログラムです。私が初めて日本に来たとき、日本語があまり話せなかったので、翻訳者にはなれませんでしたが、英語の先生の仕事を希望し、JETプログラムの仕事を得ました。偶然ですが、私は、学生時代に住んでいた寮のすぐ近くに配属されました。だから、自分の家の裏庭にいるようで、とても嬉しかったです。建築物が何年もかけてどのように変化してきたか、新しい地元のレストランなども見ることができました。
私はALT(外国語指導助手)のポジションを数年しました。そのあと、県のアドバイザーに応募することができるんです。今の私の立場としては、学校で英語を教えるのではなく、教育委員会の事務局で仕事をしています。要するに、ALTのサポートとその間の連絡役ということです。
Q5. 日本でキャリアを考えている人たちに、何かアドバイスはありますか?
たくさん質問してください。ネットワークは常に貴重です。一本のメールや電話が思いがけない機会につながることもありえます。そのため、たくさんコミュニケーションを取ることはとても重要です。また、自分の価値観や興味に合った機会を探すこと、一生懸命働くことと謙虚でいることを忘れないことが大切だと思います。
Q6. 最後の質問ですが、福岡県で一番楽しいことは何ですか?
福岡は、私にとって第二の故郷のような感じで、自然と都市のバランスがとても気に入っています。都会の中心部で仕事をしていても、電車で10分以上走れば、田んぼや山、海が広がっています。食事も美味しいし、コミュニティも充実しているので、ここで生活するのが本当に楽しいです。